2017年2月

緩やかな着地へ

  すっかり騙されてしまった。家にはオスの大型犬で3月に8歳になるルーカスと、その母犬と、後からやってきた小型犬のムックがいる。秋にルーカスの下半身いっぱいに、悪性腫瘍が広がっていることがわかった。ルーカスは、「僕病気なんだから散歩にいけない…」と落ち込んだ様子。後足が麻痺して動かなくなってきたためだ。私は日増しに“いつも通りに生活させたい!”と思うようになった。車椅子の足乗せに座らせてみたり、台車に乗せてみたりと、連れ出す方法を模索する。今は犬の介護用品も豊かになってきた。後足を持ち上げて歩行させるベルトを購入し、一日2回のトイレ散歩を敢行。人間同様に、生きていくのに大切なのは、飲食、排泄、睡眠だ。ストレスから自分の毛をむしっては食べてしまい、ネコのように吐いた。次第に固形物が食べられなくなり、病院で導尿したり、緩下剤を服薬したり。そんな中で起こった先週の出来事。散歩に連れていこうとすると、ムックがルーカスに寄り添って、悲しげに鳴いた。頬に自分の顔を摺り寄せて鳴いた。ルーカスはこの家で生まれた8匹きょうだいの1匹だから、有利な立場の先住犬のはずなのに、本人同士はそのことを知らないようで、小さなムックがいつも威張っている。そのムックが悲しそうに鳴く。母犬も心配して覗きに来た。当のルーカスはというと、私の膝に頭を乗せ、目を閉じて横たわってしまった。これは最期の時なのか?と私は思った。
 その時、母犬と猫が縄張り争いを起こし、辺りに緊張感がみなぎった。すると、ルーカスが目を開けて上体を起こし、ムックが離れた。私はすっかり騙されてしまった。これはご臨終劇だったのだ。でも、あの記憶は消せない。そんなにうちの動物たちは役者揃いだったのか?いや、本当のところはどうだったのだろう?三途の川まで行き、野性的な声に引き戻されたのだろうか?
 息子も3年前に地球温暖化のせいか、膀胱破裂して危なかった。ベッド上の生活も多くなり、てっきり私が看取るものだと思っていた。でも、専門家の知恵が集められ、35歳のむずかしさはあるものの、今では日々回復へ。昨年は3回も多摩川乗馬会に参加して、乗馬を楽しんだ。きょうだいは、私の方が先に逝くはずだから、後の準備をきちんとしておいて欲しいと言い出した。
 先日、「ハッピーフライト」という映画(矢口史靖監督・脚本)がテレビ放映され、家族で見た。成田からホノルルへ向かう飛行機の中の出来事がテーマで、まるで人生模様が映し出されているようだった。機内のパイロットとキャビンアテンダントと乗客は、さながら子どもデイサービスのようだった。それを支える管制官、整備士、グランドスタッフ、オペレーションコントロールセンターなどは、私たちの事務局や送迎などに似ている。ハッピイな飛行の裏には見えない努力が尽きず、鳥によるトラブル回避のための空砲を打つバードパトロールや整備の備品の管理など、ほんの小さなミスが大きな事故とつながる。そればかりか、落雷や強風、豪雨などの心配も常にある。いつも普通に乗ってきた飛行機も、普通を維持するのは大変なことなのだ。映画の終盤は、機体異常が生じたため、成田にUターンし緊急着陸に向かう。多くの危険を経て無事着地し、緩やかに滑走路を走る飛行機の様子を見て、「ハッピイフライト」も「ハッピイライフ」も、やりつくした後の緩やかな着地がハッピイなのだと思った。
 最近のルーカスは、プレーンヨーグルトと栄養補助剤で元気を取り戻し、ドッグフードもまた食べられるようになってきた。ルーカスと私は完全な非言語コミュニケーションのため、私の理解が及ばないと、良い介護が成り立たない。その上シルバーの私の体力も問われている。ルーカスよ、私も頑張るから、まだまだ楽しいことを重ねて、ゆっくりと着地しよう。

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