2017年1月

スピンのように

   明けましておめでとうございます。  今こどもデイサービスでは、来年度に向けていろいろなプログラムを試行している。リトミックを覗いてみると、映像を生かし、音楽に合わせた動作の中で、言葉・数・体の動かし方など、多くのことが総合的に学べるような内容だった。ずいぶん進化した印象だったが、何だか安心感があった。何故だろう?たぶん先生の言葉がはっきりとしていたこと。そして先生の繰り返す動作が全くブレずに同じだったこと。赤、青、黄、そして緑色の怪獣の絵と共に、それぞれに合わせてポーズをとる課題があった。青怪獣は片足立ちのポーズなので、少しはブレるに違いないとよーく見るのだが、毎回同じでひとつもブレない。
 
空手も覗いてみる。子どもたちがあっという間に魅了されていくのに驚き、改めて空手に関心を持った。空手は東京五輪の競技種目にも決定し、世界に注目される競技となった。先日日本武道館で開催された全日本選手権大会の様子をテレビで見ていると、演武を競う「型」と、技の攻防で争う「組み手」の男女個人戦決勝戦の優勝者へのインタビューの場面で、面白い話を耳にした。一人の女性選手は、試合前に浅田真央さんのスピンの録画を見るのだそうだ。空手の型を決めるにもブレない体幹が大切で、そのイメージトレーニングにするようだった。
  今まで私が出会った中にも、ブレない生き方の人たちがいた。特におととし出会った「重症心身障害児(者)を守る会」の村井やよいさんは、会の理念である「最も弱いものをひとりももれなく守る」ことを、世の中の流れを捉えては、シンポジウムや会報や、時には行政の姿勢に対しても常に発信していく。その姿に私はいつも脱帽してしまう。
  私はと言えば、一見ちゃらんぽらん。だが芯の部分はブレていないつもりなのだ。何十年も前に疑問に思ったこと、こうあって欲しいと願ったことなど、今でもずっと変わらない。イギリスで私の長男雅史の同病(無痛無汗症)の子どもたちが、サークルの中に入れられて育てられている記事を読んだ頃、息子は保育園でみんなと一緒に大切に育てられていた。仲間たちの多くは、卒園後は学童保育所に通うことになった。息子も養護学校(現在の特別支援学校)から、日本で初めて学童保育所に通うことになり、テレビで紹介されたこともあった。息子の希望を叶えて“当たり前”を主張すると、それらはみんな“日本初”になったから、みんなずいぶん我慢を強いられてきたのだと思った。徐々に私は、自分たちの願いは「当たり前の願い」と意識するようになった。学童では先生から、遠足や運動会への参加を見合わせるようにと言われた。「なんで雅くんだけ参加しちゃいけないの?」と友だちが言い、ひとつ一つの問題が子どもたちの声がきっかけで解決されていった。子どもは大人の背中を見て育つから、それは保育園の先生たちが、いろいろ工夫してはみんなと一緒に楽しみを共有させてくれたお蔭だった。そんなこともあって、「障がい児が地域で幸せに暮らしていくための支援」が、「ナナの家」の活動理念にもなっている。
  障がいは対岸の出来事ではなく、誰もの明日と関係している。私たちがいつか何らかの障がいを負ったとしても、みんなと一緒に地域で幸せに生きていく。それが私たちの求める本当の“豊かさ”ではないだろうか?
  日本は障害者権利条約を批准し、いくつもの法律が整備されたが、高齢も障がいも子どもの問題も、行きつ戻りつしながら進んでいる。介護保険の負担率が1割から2割になったり、私たちの放課後等デイサービスの報酬単価の減収が取り沙汰されたりと、不安材料は尽きない。
  さて、私も今より不安で心がくじけそうになったなら、空手の選手のようにアイススケートのスピンをイメージしてみよう。それはブレない信念と共に、努力の積み重ねから生まれる美しい結晶だ。そして体幹をシャンと整えて、時を重ねて、望む世界に向かって行こう。

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