2016年12月

ポップでセサミな「ナナの家」

  福祉ネット「ナナの家」設立の頃、会を紹介するビデオを作成することとなり、映像作家に依頼した。その人が「音楽でいうとどんなジャンルの作品にしたいですか?」と聞いた。私は即、「ポップな感じ!」と答えた。それは、J-POPミュージックのように、多くの人に愛され、はじけるように楽しい「ナナの家」というイメージだ。 旧「くらしの窓」新聞社が開催していたパソコン教室で、画家のべべさんと出会った。ニュースレターの表紙に絵を描いてくれることになり、「ナナの家」のイメージは、アメリカの幼児教育番組の”セサミストリート“と伝えた。”セサミストリート“の由来はアラビアンナイトの「アリババと40人の盗賊」の「開けゴマ(open sesame)」。この番組によって子どもたちに新しい世界や知識の扉を開いて欲しいという願いが込められている。出演するのは、地域に住むいろんな人種の子どもたち、モンスター、カエル、ミミズ、ビッグバード…。この番組も、「ナナの家」のキャッチフレーズの”違いを認め合う社会を求めて“をわかりやすく表していると思った。 学校で「総合的学習の時間」が始まった頃、地域の小学校や中学校から「ナナの家」に、多摩川乗馬会や車椅子サッカーの紹介・体験、関係者の講演などの依頼が多くあった。乗馬会に毎年参加する信州の「わら馬会」に、わら馬作りの依頼もあった。講演会には、外からはわかりづらい不具合のある職員と、車椅子使用の身体障がいのある会員と、彼等を撮影した映像作家が参加した。職員は、「実は僕は障がい者なんです。」と自己紹介。会員は「実は僕は健常者です。」と続けた。そこで展開した「ナナの家」の障がい観は、一言で言うと、個人にはそれぞれに個性と呼ばれる属性があること、それらの中の人やモノによる支援が必要な個性は障がいとして社会から守られ、障がいでない個性は社会に役立てるという内容だ。 一般の人にとって、「高齢」は今の延長として捉えやすいが、「障がい」は対岸の問題になりがちだ。でも、車椅子だけでなく、メガネや入れ歯も大きく捉えれば障がいだろう。私には上がり症や先端恐怖症があるし、刺激が大きいといろんなアイデアで頭が飽和状態になるのも障がいの気がしている。生まれた時には健常な人でも、障がいは年と共に他人ごとではない、自分の問題となっていく。 数年前に、「ナナの家」と他の団体とが協力し、地域デイグループから放課後等デイサービスへの移行に向けての勉強会を数回行った。そこにかつての車椅子の会員も招き、いろいろ語ってもらう機会を設けた。大学を卒業し、いくつかの自治体でピアカウンセラーなどを行うようになった会員は、そこで「ナナの家」の障がい観を自分の考えとして話すのを聞いた。言葉が実際に会員の中で生かされていることを知り、とても感慨深かった。 先日、オーストラリアの障害者乗馬指導者のケリー・ジョンストン氏が来日し、パーティーを開いた。そこに先の会員もやってきた。この再会がきっかけとなり、私たちのこどもデイサービスに、新たな企画が生まれつつある。これもまた、「開けゴマ!」の成す業で、心が楽しくはじけそうだ。素朴に立ち上げた「ナナの家」も、制度の下で余儀なく変容していくだろうが、原点はいつも忘れずに、今後も活動に生かしていきたい。

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