2016年9月

格言カレンダー

  息子が通う病院のトイレで、珍しくカレンダーがかかっているのに気付いた。近寄ってみると、「今日一日を精一杯、激しく生きようではありませんか」と書かれている。“激しく生きる”とは、クールな時代に熱いエールだ。誰の言葉だろう?他をめくってみると、「健康とは、数値ではなく、穏やかだと感じる“健康感”を持つことです」。これで少し見当がついてきた。「あいさつの声は、今日も明るく弾んでいますか」。これは、104歳を迎えても、精力的に社会活動を続けている、聖路加国際病院名誉院長の日野原重明氏の“一日いちにち生き方上手”の格言カレンダーだった。
 今年の夏は、実に様々な現象が次々と起こり、気を付けていないと瞬時に風化していきそうだ。テロやアメリカの大統領選やオリンピックなどの世界のニュースが、テレビやスマホで手軽に見られる時代の到来で、ニュースの全体量が爆発的に増えてきたためだろうか。中でも私たちが忘れてはならないのは、7月26日に起きた、相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」の殺傷事件だろう。45人が刺され、そのうち19人が死亡した。犯人は教師を目指していたが挫折し、背中いっぱいに入れ墨をし、大麻に手を染めていた。障害者施設の職員をしている間に、「障害者はいらない」という差別感も強まっていたという。
 日野原氏はしばらく前から、平和を伝えるために、命の大切さを伝えることから始めようと、メッセージを発信している。医師だからこそ、数えきれない別れを経験し、限りある生の愛おしさを痛感されているのだろう。先の格言の“激しく”とは、信じる道を一所懸命邁進するという意味だと思う。もちろん行動も伴ってのことだ。
 今年の夏は駆け足で過ぎていく。散歩していると、まだ8月半ばなのにつくつくぼうしが鳴き、アブラゼミやカナブンの死骸がアスファルトの上で仰向けになっている。私はその都度つまんで、土の上に戻してやる。短い生を一所懸命生きた小さな生き物たちに、“お疲れさま”と言いながら。
 この二つとない命は、小さくても弱くても周囲から愛情を引き出す存在となっていく。医師・牧師・音楽家で知られるシュバイツアー博士は、“生命への畏敬”を唱え、アフリカの人々の命を救うばかりか、アリ一匹も殺さなかったという逸話が伝えられている。重複障害者を差別視する今回の事件の犯人や、それに同調する人々を、博士はいったいどう思うだろうか。
 私は人を育てるのは、教育の力だと信じている。まずは「家庭教育」だ。社会の最小単位の家庭で、私たちは何を大切にしていくのかを、日々のいろいろな出来事を通して親から子へ伝えていく。次には「学校教育」だ。学校の先生や仲間の影響はとても大きい。ここで基礎をしっかり学んでおかないと、人生の応用問題が解けなくなってしまう。そして最後に「社会教育」。ワークショップなどを通し、みんなで育っていくための研修プログラムも昨今は豊富にある。
 私の家では二番目の長男が障がいを持って生まれたため、特に末の男の子の子育てが手抜きになった。「死ぬな」「殺すな」「お腹いっぱい食べろ」の三つと、留学する時にはたった一つ「ヤクに手を出すな」だけで、他はみな目をつぶる家庭教育だった。父は私の結婚相手に向けて、「社会に益となる人」「教養のある人」「生き生きとした人」を望んだ。それは同時に私にも望んで教育してきたのだろう。人は誰も始めから人を殺そう、社会の害になろうとは思っていない。小さな命もかけがえのない命。誰もが誰かの役に立っている。そんなことを知るチャンスが人生の節々にあったなら、今回のような事件は未然に防げたのではないだろうか?この事件を風化させないために、私たちも今日一日を精一杯、激しく生きて、生き方上手になろうではありませんか。

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